セルフ・キャリアドックとは?―「個」の力を引き出し、組織の成長につなげるために

「セルフ・キャリアドック」という言葉をご存知でしょうか?
厚生労働省が中心となって普及・推進が行われている「企業の人材育成ビジョンに基づき、体系的・定期的なキャリアコンサルティングの実施を含め従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な仕組み」のことです。
「セルフ・キャリアドック」の誕生経緯や意義、実施のポイントなどを皆さまに知っていただくため、サントリーホールディングス株式会社「キャリアサポート室」において「セルフ・キャリアドック」の構築・実践をしてきたCSSキャリアサポートSUN代表・山田昇氏をお招きし、当社チーフコンサルタント・野村圭司がお話をうかがいました。

2018.09.04
インタビュー・対談

会社視点ではなく、社員一人ひとりの視点に立ったキャリア支援

野村:山田さんはサントリーホールディングスで2007年よりスタートした「キャリアサポート室」に設立準備から携わられ、約11年間にわたって同社の組織内キャリア開発に取り組まれたご経験をお持ちです。サントリーホールディングスは「セルフ・キャリアドック」のモデル企業ですが、認定の経緯について教えていただけますか?

山田氏(敬称略):「セルフ・キャリアドック」は厚生労働省が中心となって平成28年度から普及・推進されていますが、サントリーではそれ以前から「キャリアは自らが主体となってつくっていくもの」という考えに基づき、社員一人ひとりの自律的なキャリア開発を支援するための活動を「キャリアサポート室」が中心となって継続的に行ってきました。これらの取り組みへの評価として2013年に厚生労働省から「キャリア支援企業」として表彰されたこともあって、お声をかけていただいたのではと思います。2007年の「キャリアサポート室」設立からのサントリーでの活動を振り返りますと、まさに「セルフ・キャリアドック」の仕組み作りをしてきた日々でした。

野村:2007年当時、キャリア支援専門組織を企業内に設立するのは先駆的な取り組みだったと思います。「キャリアサポート室」設立の背景や活動について簡単にお聞かせください。

CSS キャリアサポートSUN 代表 山田 昇 氏山田:サントリーには創業期から「やってみなはれ みとくんなはれ」という企業精神が受け継がれており、社員の自発的なチャレンジを会社が応援し、社員にも自らが決めたことをやり抜く姿勢があります。しかし、2000年代初頭には激しい環境変化の影響もあってその精神が弱まっていました。事業環境の変化の中、企業競争力を高めるには、社員一人ひとりの自律的なキャリア開発を支援する必要がある。そう考えた人事部メンバーの提言によって誕生したのが、キャリアサポート室です。人事本部内にありますが、会社視点ではなく、社員一人ひとりの視点に立ったキャリア支援を行う独立した組織で、現在はキャリアコンサルタント資格を有する専任の社員8名が所属。サントリーグループの社員6500名を対象にキャリア個別相談や人事異動後のキャリア面談、世代別ワークショップ、フォロー面談といった総合的なアプローチを行っています。

改正職業能力開発促進法と「セルフ・キャリアドック」の関連性

野村:「セルフ・キャリアドック」は厚生労働省をはじめ国が推進している施策と認識しています。その背景を教えていただけますか?

山田:「キャリア形成における"気づき"を支援するために、年齢、就業年数、役職等に応じ、労働者に節目において定期的にキャリアコンサルティングを受ける機会を提供するなどの仕組み」の必要性は、首相官邸に設置された産業力競争会議で2015年に厚生労働省と文部科学省が共同でプレゼンテーションした「未来を支える人材力強化パッケージ」に政策の柱として盛り込まれています。また、同年に閣議決定した「日本再興戦略改訂2015」でも雇用制度改革・人材力強化の具体的施策の一つとして、「従業員が自らのキャリアについて立ち止まって考える"気づき"の機会」の必要性が提言されています。

株式会社ライフワークス チーフコンサルタント 野村 圭司野村: 2016年4月1日に「改正職業能力開発促進法」の施行も、国による「セルフ・キャリアドック」推進に大きな影響を与えているようですね。

山田:「改正職業能力開発促進法」では、「労働者は自ら職業生活設計を行い、これに即して自発的に職業能力開発に努める立場にある」と規定されました。同時にこの労働者の取り組みを促進するために、事業主が講ずる措置として「キャリアコンサルティングの機会を確保し、その他の援助を行うこと」が規定されています。これはまさしく「キャリア自律」、労働者自身が自分で自分のキャリアを作っていく意識の重要性をうたったものであり、それを実現していくための仕組みとして「セルフ・キャリアドック」があります。

野村:「キャリア自律」が国の政策としても重視されていることの表れが、「セルフ・キャリアドック」推進ということですね。

山田:はい。ただし、言うまでもないことですが、企業にとって「セルフ・キャリアドック」の本質的な意義は「個」の力を引き出し、組織の成長を実現することにあります。「セルフ・キャリアドック」の実施を通して社員ひとりひとりが能力を発揮するようになれば、企業の生産性向上と社員のキャリアの充実を両立することにつながります。

「セルフ・キャリアドック」導入によって期待できる効果

野村:「セルフ・キャリアドック」導入の効果の一例として、サントリーホールディングスの「キャリアサポート室」のキャリア自律支援によって社員の皆さんに見られた変化がありましたら、教えていただけますか?

山田:社員のキャリア自律意識は着実に高くなっていると感じます。例えば、「キャリアサポート室」設立以前キャリア開発部では全ての社員を対象に、語学やロジカルシンキングをはじめとした様々な応募型研修を用意していましたが、参加者はもともとキャリア意識の高い一部の社員に限られていました。しかし、「キャリアサポート室」設立後に30代、40代、50代のキャリア研修参加と研修後のフォロー面談を実施するなど、自律的にキャリアを考える機会を増やしていくことによって、応募型研修の参加者は「キャリアサポート室」設立前の3倍に増えています。また、「キャリアサポート室」設立後の10年でサントリーの業績は伸びており、これは社員のキャリア自律意識向上と決して無関係ではないと考えています。

「セルフ・キャリアドック」のモデル企業に選ばれ、キャリア自律支援の重要性への認識が社内でより高まったことによる新たな取り組みも生まれました。メンバーの成長を見守る上司への支援です。社員の自律的なキャリア開発の支援には上司層の理解や協力が欠かせません。上司の活動の一助として、例えば、2017年から45歳から50歳までの管理職を対象に「自身とメンバーの成長」をキーワードとしたキャリア研修を参加必須で実施しています。

まずは自社の人材育成ビジョン・方針を明確化することが大事

野村:「セルフ・キャリアドック」は「従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な仕組み」ということで、導入するとなると大がかりになる印象もあります。具体的にはどのように実施していけばよいのでしょうか。

山田:まず申し上げたいのは、キャリアコンサルティングやキャリア研修の機会を社員に提供することだけが「セルフ・キャリアドック」ではないということです。「従業員の主体的なキャリア形成」のために企業、そして人事に何ができ、何をすべきか。社員の組織風土調査、評価制度の仕組みづくりといった、これまでにそれぞれの企業や人事が取り組んできた活動すべてが社員のキャリア形成にどうつながるのか。包括的に捉え直すことこそが「セルフ・キャリアドック」の仕組みづくりに他なりません。

「セルフ・キャリアドック」導入の標準的プロセスについては厚生労働省が作成したガイドラインが公開されており、それぞれの企業の事情に応じてアレンジしながら実施されると良いかと思います。ただし、ファースト・ステップであり、かつ、不可欠なのは自社の人材育成ビジョン・方針を明確化すること。「従業員の主体的なキャリア形成」とは具体的にどのような人材を育てることで、それが企業の経営理念の実現にどうつながるのか。企業それぞれの定義づけが重要です。

サントリーの「キャリアサポート室」設立においても、「キャリア」「キャリア自律」の定義について繰り返し議論を重ね、最終的に「キャリア」とは「仕事人生」であり、「仕事を通じての継続的な自己成長のプロセスそのもので、過去・現在・未来へ続くもの」と定めました。さらに、自分の仕事人生(キャリア)に自ら責任を持って前向きに主体的に努力し続けることを「キャリア自律」とする考え方を人材育成方針の軸に据え、その内容を研修や会議、社内広報誌などさまざまな場で伝えていきました。

なお、サントリーの「キャリアサポート室」の設立はボトムアップの提案によるものでしたが、「社員のキャリア自律を支援し、"個"を強くすることが、組織を強くする」という考えが当時の社長のメッセージと重なっており、経営層から一も二もなく承認を得ました。経営者のコミットメントは「セルフ・キャリアドック」を推進していく上で大きな要素だったと思います。

キャリアコンサルタントの「質」がより重要になる

野村:「セルフ・キャリアドック」を推進するには、キャリア研修やキャリアコンサルティング面談を担うキャリアコンサルタントの育成も非常に重要になりますね。

CSS キャリアサポートSUN 代表 山田 昇 氏山田:国家資格キャリアコンサルタントの登録者数は2018年7月末現在約3万7000名ですが、厚生労働省は2024年末までに10万人に増やす計画を立てています。「数」も求められますが、より重要になってくるのはキャリアコンサルタントの「質」でしょう。「キャリアコンサルタント国家資格」、「キャリアコンサルティング技能検定(1級、2級)」といった資格を取得できるレベルの知識に加え、常に研鑽が必要です。社内コンサルタントであれば、社外の勉強会でケーススタディを行ったり、社外講師によるスーパービジョンを受けるといったことも有効でしょう。そのためには、キャリアコンサルタントの自主的な努力はもちろん、企業が研鑽の機会を提供することも必要です。また、「セルフ・キャリアドック」の導入が進むにつれ、キャリアコンサルタントの活動内容が検証・評価される機会も増えていくはずです。それに伴い、より良いキャリア形成支援、人材育成を目指すことによってキャリアコンサルタントの質も担保されると思われます。

野村:最後に、「セルフ・キャリアドック」の今後の展望についてお考えをお聞かせください。

山田:これからの10年を考えますと、年金制度の影響もあって「65歳定年制」を導入する企業がさらに増え、多くの人たちが70歳、75歳まで働くことが現実になってくると思われます。そういった状況の中、社員の「キャリア自律」を支援することは企業にとってより重要な課題となり、「セルフ・キャリアドック」を導入する企業はますます増えていくでしょう。

また、すでに導入している企業では「セルフ・キャリアドック」をより良いものにするための継続的な改善が行われていくはずですから、現在厚生労働省がガイドラインとして提示している標準的な仕組みよりもさらにブラッシュアップされていくと思います。その継続的な改善を実現できるかどうかは、キャリアコンサルタントが専門スキルや知識に加え、会社の経営戦略を踏まえた上でいかに組織や人事部門に働きかけられるかによるでしょうね。

野村:「個」と同時に組織が成長していく上で「セルフ・キャリアドック」の考えや、実際に導入していくことが非常に大きな意味を持つことをあらためて感じました。本日はありがとうございました。

CSS キャリアサポートSUN
代表 山田 昇

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1975年、サントリーホールディングス株式会社入社。営業部を経て2006年より人事部キャリア開発部。2007年、キャリアサポート室を設立。以後、社員のキャリア自律支援として個別相談、キャリアワークショップ企画実施などに従事。2017年9月に退職後、個人事務所としてCSS キャリアサポートSUNを設立。キャリアコンサルタントとして活動をしている。1級キャリアカウンセリング技能士(国家資格)、慶應義塾大学SFC研究所キャリアリソースラボ登録キャリアアドバイザー、産業カウンセラー、JCDA認定CDA、MBTI認定ユーザー。

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