これからのダイバーシティ推進に必要なこと―「サイレント・ダイバーシティ」という新たな概念

「人生100年時代」と言われ、性別、国籍を超えた多様な人材が社会で活躍する今、ライフイベントとの関わりで個人が抱える「働きづらさ」も多様化しています。一方、企業の経営においてダイバーシティ推進の重要性はますます高まっています。
出産・育児、介護、病気、不妊といった個人が抱えるさまざまな「働きづらさ」を企業は組織としてどうとらえ、何ができるのでしょうか。不妊やがん疾病と仕事の両立に悩む人たちに寄り添い、支援の仕組みを提供する株式会社ライフサカス代表取締役・西部沙緒里氏とライフワークス取締役・藤田香織による対談の様子をご報告します。

2018.09.05
インタビュー・対談

「サイレント・ダイバーシティ」とは、誰の人生にも訪れ得る"想定外の揺らぎ"

藤田:ライフサカスさんは不妊治療当事者向けのスマートフォンアプリ「GoPRE」の開発やストーリーメディア「UMU」の運営、がんや不妊と就労などに関する研修やワークショップの企画・運営といった事業を通して、「不妊治療やがん治療と仕事の両立」というテーマに取り組まれています。西部さんご自身も不妊治療とがん治療を経験されたそうですね。

西部氏(以下敬称略):はい。当社の創業メンバー6人のうち4人が不妊治療を、3人ががん治療を経験しています。30代の働き盛りで突然、不妊やがんという「生きづらさ」や「働きづらさ」と直面した当事者経験と、メンバーそれぞれの専門性を掛け合わせて、世の中に必要な価値を、そして、不妊やがんと向かい合っていらっしゃる方々には希望を生み出せたらという思いからライフサカスを設立しました。

藤田:御社は「サイレント・ダイバーシティ」という概念を発信されていています。この概念について、少し教えていただけますか?

株式会社ライフサカス 代表取締役 西部 沙緒里 氏西部:「ダイバーシティ」と聞いて皆さんがイメージされるのは、性別や人種、年代など目に見える属性の違いや、出産・育児など将来に想定されるライフイベントの経験の有無によって生じる多様性のことではないでしょうか。それに対して、私たちが「サイレント・ダイバーシティ」と呼んでいるのは、不妊や本人あるいは家族の病気・事故、更年期といった "想定外のライフイベントによる心身両面の揺らぎ"の影響で突如生じる多様な状態・環境のことです。実際の「働きづらさ」は個人の状況や、要因となるこの"想定外の揺らぎ"が起きてからの時間経過によっても変化するものの、少なくともある一定期間においては著しい就業不安や物理的制約を抱えてしまう。そういったダイバーシティ課題です。

本人に心の準備がないことが多く、また、その影響の大きさがどのくらいか事前に想定しきれないために"想定外の揺らぎ"と表現していますが、例えば、日本人のがんの罹患率は約2人に1人、不妊は既婚カップルの約5.5組に1組。「サイレント・ダイバーシティ」を引き起こす"想定外の揺らぎ"の状態は、誰の人生にも起こり得ます。一方、「サイレント・ダイバーシティ」による「働きづらさ」は見えにくく、見えづらいがゆえに切実でサポートが得られにくいことが多い、という特徴があります。

ダイバーシティ推進の理想と現実のギャップを埋めていく

藤田:不妊や病気といったパーソナルな問題が起きた時に、どう会社に相談すればいいのか悩む人は多いでしょうね。

西部:そうなんです。一例として私自身の経験をお話ししますと、37歳で乳がんを患ったことを機に「不妊」と診断を受けました。がんを宣告された時に真っ先に湧き上がったのは「まさか私が」という気持ちでした。次に、「今やっているプロジェクトをどうしよう」と。上司に相談しなければと考えましたが、誰に、どこまでお話しするべきか、婦人科系のがんであることもあって、すごく悩みました。

前提として、とても社員に優しく、個別の社員の状況に理解のある会社、職場でした。通算で約1年弱休職させてもらい、3回の入院と手術後、職場復帰できることになりましたが、その時に心の底にあったのは、これまでの自分にはあり得ない感情でした。あんなに好きだった職場に戻ることが怖かったんです。

藤田:何が怖かったのでしょう?

西部:自分の想像の中の、みんなの目です。環境的には恵まれていたにもかかわらず、「こんなに休んで、申し訳ない」「自分はもう職場で役立たないんじゃないか」と。そして、「いっそ仕事を辞めた方がいいのでは」と極端な思考になっていました。幸い私の場合は結果、職場復帰できましたが、がんの告知から職場復帰までの不安を誰にも相談できず、離職してしまう人は少なくないと思います。不妊治療についてはより職場で相談しにくく、がん同様に見過ごせない問題です。

女性活躍推進の観点からお話しすると、いわゆる「働き盛り」の女性が"想定外の揺らぎ"を経験する率は、例えばがんでは20代で男性の約1.7倍、30代では男性の約2.6倍。また、不妊に関しては治療を受けている有職女性の少なくても5名に1人が治療と仕事の両立に難しさを感じて退職・または転職しているというデータがあります。国も企業も女性活躍推進の必要性を認識していて、出産・育児と仕事の両立については施策が整ってきているのに対し、もはやマイノリティとは言い切れないがんや不妊などに対しては受け皿がまだ十分ではなく、個人の"パフォーマンス低下"や"メンタルダウン"、ひいては離職につながってしまう。このギャップを埋めていくのが当社のミッションだと思っています。

"想定外の揺らぎ"による個の経験値を組織共有のアセットして捉え直す

株式会社ライフワークス 取締役 藤田 香織藤田:ライフワークスでもミドル・シニア世代や女性を対象とした研修の企画・運営などを通して、ダイバーシティ推進やワークライフバランスの支援に取り組んでいますが、出産後の両立支援、年齢を超えて活躍し続けるための支援といった目に見えるテーマをおもに扱ってきました。ただ、近年は介護との両立をテーマとした研修をお手伝いすることも増えていまして、介護の問題は以前よりは社会や企業の認知が進んでいるものの、やはり自己申告しない限り目には見えにくいですし、個人がオープンにしにくい。西部さんのお話をうかがいながら、介護も現段階ではまだ「サイレント・ダイバーシティ」の領域に含まれると感じました。

また、当社では働く人のキャリア自律支援を事業の主軸としており、キャリアを仕事だけでなくライフを含めた「個人の生き方のプロセス」と捉えて、ライフについて自律的に考える大切さも皆さんにお伝えしています。ですから、「サイレント・ダイバーシティ」は重要な概念だとわかりますし、ライフサカスさんの活動にも大変共感します。そこで、是非お考えをうかがいたいのですが、「サイレント・ダイバーシティ」の課題を本質的に解決するために大切なことは何でしょうか。

西部:企業が課題解決の重要性を「組織」と「個」の両面から捉えることだと思います。「サイレント・ダイバーシティ」の課題はこれまでのダイバーシティ課題よりもさらにパーソナルになるので、「個人の問題」と捉えられがちですが、そうではないと考えます。受け皿を整えることによって、"想定外の揺らぎ"を経験した社員が活躍し続けることができれば、スキル人材の安定確保やエンプロイヤー・ブランドの向上につながります。さらに、創業以来、不妊やがんと向かい合いながら働き続けるさまざまな方たちとの出会いを通して確信しているのは、「サイレント・ダイバーシティ」の課題に取り組むことは、レジリエンス(逆境や困難に適応できる精神力)を持った人材の育成につながるということです。

藤田:育児や介護においても、「働きにくさ」を経験することで新たな価値観を見出したり、「精神的にひと皮むけた」というお話をよく聞きます。

西部:"揺らぎ"の経験は、当事者しか持ち得ない無形資産として再評価されていくのではないかと私たちは考えています。そして、個のそうした経験値を共有財産として捉え直すことができれば、組織はより強靭になる。個を支援することで、組織の利益にもつながるという相乗効果が生まれるはずです。

当事者が置かれている状況を正しく知ることが課題解決の第一歩

藤田:「サイレント・ダイバーシティ」をめぐる理想と現実のギャップを埋めるために、企業が最初に取り組むべきことは何でしょうか。

西部:ダイバーシティ推進全体に関して言えることかもしれませんが、他者と自分の違いを認め合える風土作りだと思います。その一歩としては、社員が自分の状況を話しやすく、他者の状況を引き出しやすい「心理的安全性」を組織の中でいかに高めるかが大きなポイントとなると考えます。

藤田:「心理的安全性」については、2016年にグーグル社が生産性向上との関連性を発表して広く知られるようになりましたね。私たちの研修でも最初に「ここで聞いたことはお互いに外では話さない約束にして、安心をして話し合える場にしましょう」というメッセージングを必ずさせていただくのですが、このひと言によって場が活性化します。組織において「心理的安全性」を醸成するためにはどうすればいいのでしょうか。

株式会社ライフサカス 代表取締役 西部 沙緒里 氏西部:一朝一夕でできることではありませんが、まずは経営者や管理職の姿勢が大きな影響を与えると思います。相手の状況を想像し、理解しようとすることが鍵。例えば、不妊やがんの当事者が置かれている状況を情報収集によって正しく知るといったことも第一歩になるはずです。治療のプロセスや、当事者が治療の過程でたどる精神的・肉体的な変化は、不妊とがんを比較しただけでも大きく異なります。組織のリーダーがそういった基本的な知識を持っておけば、当事者との意思疎通がしやすくなりますし、組織的な取り組みとして周知することで、企業として社員のパーソナルな「働きづらさ」に寄り添う用意があるというメッセージにもなります。

藤田:女性活躍推進の分野ではリーダー職の啓蒙を重要視する企業は多くなっていまして、当社も管理職に向けたダイバーシティ研修や講演会、ワークショップをお手伝いする機会が増えています。また、継続して続けていくことが風土形成につながるという認識も広まってきていると感じます。

継続することで、面白い現象も起きているんですよ。ある企業では産休に入る前の女性社員とその上司がペアで参加する両立支援セミナーを実施されていて、部下が変わると、上司は何回もセミナーに参加してディスカッションをすることになるんですね。すると、育児との両立に「働きづらさ」を感じるポイントは個人によって少しずつ異なり、Aさんの時に当てはまっていたケアがBさんには適応しないとわかる。女性活躍支援のセミナーでありながら、管理職の方々が多様性をドリルのように学ぶ機会にもなっているんです。

西部:日本社会の一般的特徴として、私たちは自分と同じものを受け入れやすい傾向があり、違うものをあるがままに認め、受け入れることに慣れていないと感じます。特に画一化された大きな組織の中で「あなたと私は違う」というごく当たり前のことを実現するのは思いのほか難しいもの。だからこそ、「知る機会」を繰り返し提供することは意味のある施策だと思いますね。

すべてを社内で支援する必要はない

藤田:女性活躍支援の分野では、時短勤務制度や託児補助制度など育児との両立支援制度が多くの企業で充実しつつあります。「サイレント・ダイバーシティ」の領域の場合、具体的な支援施策の設計はどのように考えれば良いでしょうか。

西部:「サイレント・ダイバーシティ」の支援において難しいのは、個人の抱える「働きづらさ」が病種や状況などによって細分化されていて、「あまねく、広く」が適用しにくいところです。ただ、個人が自分の状況を話しやすい風土さえあれば、必要な支援が見えてきますから、解決の糸口はあります。また、不妊やがんといったある程度母数の大きい「働きづらさ」に関しては、治療のプロセスや、当事者が治療の過程でたどる精神的な変化に一定のパターンがありますから、フェーズごとに考えられる支援を整理してマニュアルを作ってみるのも良いかもしれません。個別対応との両輪にはなりますが、まずはメカニズムに落とし込んでみると施策設計がしやすくなるのではないでしょうか。

藤田:まずは実態を理解した上で、一律ではない支援を考えていくということですね。一方、さまざまな企業の取り組みを見ていますと、すべてを社内で支援する必要はないですし、それは難しいと感じます。例えば、介護支援の分野では介護サービスの会社と提携し、希望する社員が少ない費用負担で相談できる仕組みを作っている企業もあります。「サイレント・ダイバーシティ」の領域では支援にはより専門的な知識が必要とされますから、外部の専門家とのアライアンスもより有効でしょうね。

キャリア自律できる人材の育成とダイバーシティ推進はつながっている

藤田:これまで企業ができることを中心に議論をしてきましたが、「サイレント・ダイバーシティ」をめぐる理想と現実のギャップを埋めるためには、企業ともに個人もアクションを起こしていくことが大切ですよね。この点については、どうお考えになりますか?

西部:おっしゃる通りだと思います。職場の中でパーソナルな「働きづらさ」を周囲に理解してもらうには、個人がキャリアを育成していく過程の中で、上司や同僚との信頼関係を本当に築けているかというのは大きなファクターになります。もちろん、現実には言いづらいことも多いと思いますが、それでも、「自分はこんなことを考えているが、うまくいかない。どうしたらいいと思いますか?」と周囲に助けを求めるスキルをいかに磨けるか。そのトライアンドエラーの厚みが、いざ"想定外の揺らぎ"に遭遇した時に、自分の体勢を立て直せるかどうかに大きく影響してくるのではないでしょうか。

そして、社員がそういうスキルを持つための教育や、「自分でキャリアをデザインしていくんだ」という意識の啓蒙も大事ですよね。「キャリア自律」できる人材を育てていくということと、ダイバーシティ推進は根底でつながっていると思います。

藤田:本日はありがとうございました。

株式会社ライフサカス

http://lifecircus.jp/
設立:2016年9月

事業内容
不妊やがんの経験者を中心とした創業メンバー6人により、「子供を心から望む女性が、みんな母になれる社会をつくる」を目的として設立。不妊治療生活のサポートに特化したスマホアプリ「GoPRE(ゴープレ)」の開発、不妊や産む、産まないに向き合う女性、カップルの多様なライフストーリーを紹介するWEBメディア「UMU(ウム)」の運営や、不妊治療やがん治療に対する社会の理解を広げていくための企業・学校・自治体向け研修・講演事業に力を入れている。

WEBメディア「UMU ~不妊、産む、産まないに向き合うすべての女性たちへ。未来をともに育むメディア~
http://umumedia.jp/

スマートフォンアプリ「独りでがんばらない不妊治療へ。治療生活応援アプリGoPRE(ゴープレ)」
http://www.gopre.jp
〜9/30まで「クラウドファンディング」実施中! https://readyfor.jp/projects/gopre

株式会社ライフサカス
代表取締役 西部 沙緒里

早稲田大学から新卒で大手広告会社に入社。約10年のサラリーマン生活を送っていた2014年、大病を機に不妊を宣告され、「産める?産めない?」で苦しむ女性をとりまく日本社会の"不条理な現実"を知る。そこから、当事者の立場で不妊女性のデータと生声を集め、みんなの「母になりたい」を叶えるべく、不妊やがんの当事者経験をもつプロフェッショナルメンバーとともにライフサカスを創業。前職で数年間、企業内人材開発を担っていた経験を生かし、研修・講演事業も手がける。自身は不妊治療をへて17年に出産、一児の母。

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